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障害者を救うために当社の商品を買ってください、というお話。
2009年09月26日 (土) | 編集 |
私は彼女ともう一度話してみたいと思った。
だから彼女を最終面接の場に呼ぶことにした。
彼女は障害者だという先入観を持ってみれば障害者に見えたし何も知らなければ田舎っぽい普通の子という印象を受けた。
彼女の障害も脳や四肢に欠陥があるというものではなく心臓が弱く人よりも死にやすい、というものだった。
「先入観を持ってみれば障害者に見えた」というのは障害者にありがちな「過度の養護という名の迫害」が垣間見えたからだ。
手入れのされていない眉毛、それと対照的にピカピカのスーツと靴。
「私を健常者と同じ目で見てください」という彼女の言葉。
しかし履歴書に「障害」という文字があるため聞かずにはいられない。
質問が障害に及ぶと彼女は嬉々として答えている、ように見えた。
どの会社でも障害について聞かれ答え慣れていたのかも知れない。彼女の「障害者論」は他のどの質問よりもスムーズな答えが帰ってきた。

最終面接。
世間は障害者には厳しいらしく9月になっても内定が決まらないと言う。
私は障害者を差別したりはしない。
障害者も健常者と同様に扱う。
同様に。
だから、彼女を試してみたいと思った。

「よく○○君を救うために募金をお願いします、という運動がありますよね。それに君を使いたいと考えています。」
「え、どういうことでしょうか」
「○○さんを救うために当社の製品を買ってください。というCMを打ってみたいんです。」
「私は別にかまいませんがそれはやめておいた方がよろしいかと・・・」
「バッシングは起こるでしょうね。でも保険のCMにがん患者や障害者が出ているのを見てあなたは嫌悪感を感じますか?」
「そう言われれば感じないですね。」
「私は障害があるからといって人を差別したりしません。とても美しい人が来たら広報にしますし発想が素晴らしい人が来たら企画職を与えます。あなたの障害も私には素晴らしい武器にしか見えません。適材適所を差別と思わないで欲しい。」

私は彼女に内定を出した。
一ヵ月後、彼女は内定を承諾する書面を提出した。

さぁ、「○○さんを救うために当社の製品を買ってください」というCMを打つのはいけないことだろうか。
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